よるのむこうに


借りていくという表現をした以上、普通は何か担保を出すとか身分証明書を提示するとかありそうなものだが、彼はそれもしなかった。名前を教えようともしなかった。

おそらく彼は借りた金を返すつもりなどなかったのだろう。私自身も助けてもらったお礼のつもりだったのでもちろんお金を返してもらおうなんて思ってはいなかったけれど。


「サンキュ。じゃあな」


彼は3万を持って、そのまま踵を返してまたパチンコ屋の中に吸い込まれていった。
私はその彼の背中を呆然と見つめていた。

私の財布にははじめ、4万円が入っていた。
けれど、彼は全額ではなく3万円を抜き取った。
これから家に帰るであろう私の都合に配慮したのだ。

優しい人だ。
それに、カッコいい人だった、気がする。


冷静に考えれば優しい人はぶん殴った酔っ払いの財布からクリーニング代を抜いたりしないし、助けた女性の財布から3万を抜いたりもしない。
けれどその時の私は日常あまり接することのないタイプの若い男性、しかもよく見ればイケメンといえる男性にピンチを救ってもらったことでどこかおかしくなっていたのだろう。

私の目には彼がドラマに出てくるヒーローのようにカッコよく見えたのだ。運命を感じてしまうほどに。

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