よるのむこうに
「まあいいや。とにかくその有名選手が来日していて、その人物紹介コーナーに天馬が呼ばれたから出演をOKしたってわけ」
「どうして天馬がよばれるの?」
「高校生の時、樋川選手と天馬が同じチームだったから、そのよしみ、かな?
天馬が来ないなら出ないって樋川選手サイドが言うもんだから、樋川選手をどうしても出したい局側の意向でね」
天馬は無言で着替えを始めた。不機嫌だ。たぶん彼はこの仕事にいつも以上に乗り気でないのだろう。
彰久君はその様子を横目でちらりと見た。
「天馬、もめるなよ」
「……」
天馬は腹立たしげに脱いだTシャツを彰久君に投げつけた。
上司に向かってこの態度。普通の社会人ならまずありえない行動だけれど、彰久君は私以上に天馬のそうした行動に慣れているのか、投げつけられたTシャツをかわして拾い上げもしない。
私は天馬の社会性のなさを慌てて隠すようにTシャツを拾いあげた。
「ごめんね、彰久君」
「いいよ、慣れてる」
彰久君は口元に甘い笑みを浮かべたが、目は好戦的に輝いている。
いかにも上司といった態度の彰久君の態度に腹をたてたのか、天馬は脱いだデニムパンツもこっちに向かって投げた。さすがに二度目のデニムパンツは私がキャッチした。
「まるで現場マネージャーだね」
「いやっ、あの、そんなつもりじゃなくて!部外者なのにでしゃばってごめんなさい」
「ううん、いやみじゃなくて、本当に夏子ちゃんに天馬の現場マネージャーをやってもらったら俺もその分他の仕事に力をいれられるなって思ってさ。天馬の仕事量が増えたらお願いしようかな」
「いやいやいやいや。そんな、私はこういう業界のこと何も知らないし。とにかくごめんね!あいつ、今日は朝から機嫌が悪くて」
「うん、知ってる。怒らせたのは俺だから」
「……え」
彰久君はさも楽しげにくすくすと笑った。
「ちょっと出ようか。あいつには撮影までに落ち着いてもらわなきゃ困る」
彰久君はそう言って私に身振りで控え室の外へ出るように指示した。