よるのむこうに

驚いていいのか悲しんでいいのかもわからない。それって悪いこと?それともたいしたことはないのだろうか。

私は呆然と医師が私の膝に注射針を刺して中の黄色い液体を大きな注射器で吸いだすのを見つめていた。水、と言葉では表現しているが、実際に出てくる液体は水ではないのだな、などと妙な感想を抱いた。

「ステロイドを注射しておきますね。すぐ歩けるようになります」
医師は注射器を換えて透明の液体を私の膝に注入した。
「あ、ハイ。ありがとうございます」

礼を言いながら、私はアトピーをもっている友人が肌に塗っていた薬がそういえばステロイドだった、と首を傾げた。
ステロイドは塗り薬というイメージしかなかったのだ。
医師の手元も、看護師のやっていることも何一つしっかりとはわからないまま、どこか他人事のように眺めている自分がいる。


膝の水を抜いて、おそるおそる床に足をついた私は思わず「すごい」と声に出していた。
医師は満足そうに頷いた。

「もう痛くないですね」
「はい」

私はにっこりと微笑んだ。

なんだ、簡単な施術ですぐに痛くなくなった。たいしたことはなかったんだ。
2センチ四方の小さなガーゼを貼られた自分の膝を見て私はほっと息を吐いた。いつの間にか随分と緊張していたらしい。元々大きな病気やけがとは縁のない人生を歩んできたので病院自体に不慣れで必要以上に怖がっていたようだ。
私も案外子どもっぽいな。

待合室のソファに座った私は、こっそりと周囲を見回した。ギプスをはめた人、怪我をしている人、点滴を下げている人。忙しそうに立ち働く看護師。消毒液のにおい。
たしかに、ここには私が普段接することのない人や匂いがあふれている。

なんだ。
自分で自分に呆れた。

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