よるのむこうに


母の声につられ、私も次第に湿っぽい気持ちになってきた。
すん、と鼻をならしたその時、マンションのドアが開いて天馬が中から顔をのぞかせた。


「なあ、」

彼は私が電話中なのに気付いて肩をすくめると、そのまま部屋の中にひっこんだ。
きっとおなかがすいているのだろう。

「じゃあ、もう戻るわ……。おなかすいたし」


私はまだ電話口で興奮して東京の悪口を並べている母の話を強引に打ち切って電話を切った。
母はもともと東京が嫌いなのではない。
私が東京にいってしまったから東京が嫌いなのだ。


小さくため息をついて空を仰いだ。
夜でも明るい東京に空にも星は瞬いている。

東京では星は見えないとなんとなく思い込んだまま東京に出てきて、田舎ほどではないにせよ、ここでも星は見えるのだと知ったときは衝撃だった。

そんな18歳の自分の新鮮な気持ちを思い出しながら、私は母の涙声を忘れようとつとめた。
こんな気持ちのまま部屋に戻りたくない。
天馬には私の病気のことは伏せておきたかった。
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