再生する




 店内に戻り、なおも神谷さんの接客を受ける彼に近付いた。

 彼はわたしを見下ろし「なに、接客してくれるの?」と言ってにやりと笑う。

 そんな彼の腕を掴んで、神谷さんに「ちょっと外で話して来てもいいですか?」と了解を取る。神谷さんが頷くのを確認してから、彼の腕を引いた。

 これは、ずっと彼の注文を聞き続けた神谷さんの時間を、無駄にしてしまう行為だった。でも彼はわたしから何らかのアクションがなければ、ジュエリーを購入することも、帰りもしないだろう。ちゃんと話をして、ちゃんと別れなければ。



「何かあったの?」

 店に背を向け向かい合ってそう切り出すと、彼は「なんで?」と曖昧に笑って斜め上に視線を向けた。

「何かあったから、突然わたしをからかいに来たんでしょう?」

「……」

「何があったか、話してみてよ」

「別に。昔の彼女が今どうしてるか、ちょっと思い出しただけだし」

 彼は視線を斜め上に向けたまま、つまらなそうにそう言った。

「じゃあ、帰ってくれる?」

「客を追い返すのか?」

「わたしの反応ばかり見て、神谷さん――接客していた店員の話なんて聞いてなかったのに?」

「……」

「孝介くんとは三年付き合ったんだから、あなたがどんなことを考えているかは何となく分かる。孝介くんがひとをからかうのは、探求心があるときと、何か嫌なことがあったとき。今日は多分後者。むしゃくしゃした気分を変えたくて来たんでしょ? 帰りたくないなら、話してみてよ」

「……」

 彼の視線が、ゆっくりと下りてくる。
 そしてわたしを見下ろして、力無く笑った。

「お前、こんなやつだったっけ?」

「どんなやつだと思って付き合ってたの」

「おとなしくて従順で、思ったことをはっきり言わない地味なやつ」

「ひどい言われ様……」

「実際そうだったろ。だからお前がいた部署は上司に言われるまま残業三昧で、セクハラもモラハラもパワハラも受けて。後輩たちもひどいもんだったから、見た目も中身もどんどんくたびれていって、一緒にいる時間も減って、俺が浮気しても特に何も言わずに、終わった。なあ、何があったんだよ。転職したからって、こうも変わるわけ?」

 確かに二年前までのわたしは、彼が言う通りの人間だった。彼の浮気現場を目撃しても、それまでの時間を考えると仕方のないことなのかもしれないと妙に納得した。怒鳴りも、泣き喚きもせず、ただ別れの言葉を言った。
 転職したからと言って、それだけでは変われないだろう。でも三年付き合った彼が「変わった」と言うのなら、それは「恩人」のおかげだ。


「再生した」

 言うと彼は「再生?」とわたしの言葉を繰り返し、首を傾げる。

「再生してもらった、と言ったほうが正しいかも。あるひとに、ぐちゃぐちゃだった気持ちを再生してもらったから、なんとかやって来れた。そのひとのお陰で、わたしはちゃんと立っていられる」

「……俺も、再生できるかな」

 彼の声はか細かった。きっと彼の気持ちも、あの頃のわたしと同じようにぐちゃぐちゃなのだろうと思った。

 だからわたしは「できるよ」と。彼の言葉を肯定して、ゆっくり頷き、笑いかける。

 彼も「そうか」と頷いて、そしてここに来るまでにあった出来事を、静かに話し始めたのだった。





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