再生する




 朝はあんなに疲れた表情をしていたのに、さすが神谷店長。仕事中はいつも通り人が良さそうで余裕の笑みを浮かべて接客していた。
 毎月来店されるマダムが、神谷さんの腕にべったりくっついてジュエリーを見ていたけれど、やっぱり余裕の笑みだった。

 でも客足が途絶えると、わたしたちに背を向け目頭の辺りを押さえていた。こんな様子の神谷さんは初めて見る。やっぱり相当疲れているみたいだ。



 閉店時間を迎え、後片付けをした後、ふたり揃って店を出た。

 店の近くにある駐車場で、今日は車で来たらしい神谷さんの愛車に乗り込む。

 てっきりそのまま神谷さんのマンションに連れて行かれるんだと思ったけれど、今日は行かないらしい。代わりに連れて行かれたのは、車で少し行ったところにある、所謂ラブホテルだった。

 きらびやかな建物を見上げて硬直していると、神谷さんは「何もしないよ」と言って頷いた。

「ごめんね。ゆっくり話せる場所って考えたら、ここしか思いつかなかったんだ」

 確かにそうかもしれない。ちゃんと話をしないままで神谷さんの部屋に行くのは戸惑いもある。だからと言ってわたしの部屋に迎えるのもちょっと……。他にふたりになれる場所といえば。カラオケボックスは……真面目な話をするには雰囲気が明るすぎる。個室の居酒屋もしかり。車の中は……ちょっと寒い。どのくらい時間がかかるか分からないし、その間アイドリング駐車というのも気が引ける。
 ならどこか近くのホテルに入るのがベストな気がした。


 週末のため空いている部屋はほとんどなくて、選ぶ余地もなく、わたしたちは部屋に向かった。

 玄関を入って驚いた。
 美しいクリーム色の床と壁、玄関の正面にあるピンクの縁取りがされた曇りガラスのドア。ドアの取っ手はアンティーク調で、さびれた色も相まって高級なものに見える。

 ドアを開けるとさらに驚いた。
 置かれた家具――ベッドのフレームもテーブルも椅子も鏡台も、全てがアンティーク調。天井には小ぶりのシャンデリア。フロアライトは街灯風で、ヨーロッパの街並みを連想させた。小さく流れている音楽は穏やかなクラシックで、ここが通常「そういうこと」をする場所だと忘れてしまいそうになる。
 話をすることを目的にしていなければ、思わずはしゃいでしまっただろう。


 とりあえず部屋に備え付けのポットでコーヒーを淹れ、神谷さんとわたしはアンティーク調の椅子に腰かけた。




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