再生する




 コーヒーを一口飲んで落ち着いてから、神谷さんは「何でも答えるよ」と言った。

 わたしは膝の上に置いた手をぎゅっと握って深呼吸をしてから「神谷さんの部屋で見つけた、指輪と婚姻届のことなんですが……」と。ゆっくり言葉を選びながら切り出した。

 神谷さんは「うん」と短い相槌を打つ。やっぱりわたしが話す内容の察しはついていたらしい。

「聞いてもいいのか、迷ったんですが……。神谷さんの部屋の片付けを始めてしまった以上、指輪を見つけてしまった以上、聞いておきたいなって。思ったんです」

「……うん」

「話を聞かないまま、約束の日を迎えたくなかったんです」

「……そうだね」

「だから、聞きます。もしかして、神谷さんの部屋がああなってしまったのは、あの指輪と婚姻届のせいですか?」

 言い終えると、室内に流れる穏やかなクラシック音楽が、やけに大きく聴こえた。それ以外の音は聞こえない。耳を澄ませば呼吸や、心臓の音すらも聞こえてきそうな雰囲気だった。

 神谷さんの言葉を待つ間に緊張が募っていく。沈黙がこんなに痛いものだとは、思わなかった。


「……そうだよ」

 充分に間を取ったあと、神谷さんが言う。

「……一体、何があったんですか?」

「……」

 再度、沈黙が訪れた。

 緊張に拍車がかかり、耐え切れなくて視線を下ろす。暖房はついているのに、身体が冷えて仕方がない。
 どれもこれも悟られないように身体に力を入れると、神谷さんがふっと息を吐いた。


「お互い緊張し過ぎだよね。ちょっとリラックスしよう」

 リラックスと言われても話題が話題だし、一体どうすれば……。いや、それ以前に……。

「神谷さんも緊張してるんですか?」

 顔を上げると神谷さんは両手をこすり合わせながら「してるよ、手が冷たい」と苦笑する。

「ちょっと賑やかな音楽に変えようか?」

「クラシックのほうがリラックスできそうじゃないですか?」

「じゃあテレビでも付けようか?」

「気が散っちゃいそう」

「じゃあゲームするとか」

「話す時間が減りますよね」

「風呂でも入る?」

「さらに話す時間が減ります。ああ、でもこういうところじゃないと泡風呂できないし、ジャグジーにも惹かれます」

「ああ、それはいいかも」

 ジャグジーや泡風呂まで楽しんでしまったら、いよいよ話どころじゃない。それに気付いて顔を見合わせ笑ったら、ようやく身体に熱が戻ってきた。
 これならちゃんと話せそうだ。




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