夫の教えるA~Z
「何もあんなに怒らなくったっていいのに…最後ちょっと涙目でしたよ、松田くん」

深夜、寝室にて__
仰向けに寝そべる俺の上に、くったりと体を重ねていたトーコが、ふと顔を上げて聞いてきた。
どんなに疲れていようとも、やる事はやるのだ俺は。

「…会社の事情とか、色々あるんだよ。あれくらい言っとかないと、すぐ調子に乗るからな、あいつは」

ふわふわ髪を撫でながら、俺はぴしゃりと言い切った。
本当は、今日遭った出来事を全てぶちまけてやりたいが、カッコ悪すぎてどれも言えない。

「むう、そんなモノですか」
「そ、そんなもん。…時にトーコ」
「ん、なあに?」
「いやその…、一人の時に、あまり長い間男を部屋に上げるのはどうかと思うぞ。もしかしたら、急に襲われたりしないとも限らないわけで…」

「やだなあ、そんなワケないじゃないですか~。課長…アキトさんくらいですよぉ?節操もなく、毎日毎日私に襲いかかってくるのは。
…でも、ちょっとだけ安心しました」
「…何が?」

「だって、朝はあれほど青い顔してたのに、今はすっかり元気そうだから。私、アキトさんが出かけた後、ちょっと心配になっちゃいましたもん。もしホントに病気が見つかったらどうしよう、とか。
特に何にも言われなかったんでしょ?今日は」
「ま、まあ…まだ分かんないけどな。そうか。心配、か。そっか…トーコが俺を。
そんなに俺、青い顔してたか?」

「そりゃあもう、この世の終わりみたいな顔してましたよ~。いや、唯我独尊、無敗無敵のオオカミさんにも、怖いものってあるんですね~」

「…そういえば思い出した、お前も一言多いタイプだったよな」

「え、何か言いました?」
「…いいや、何でもない。なあトーコ」

俺は彼女を腹上に乗せたまま、ぎゅうっと抱きしめた。

「ひゃっ、ど、どうしたんですか急に」

「いや、なんか幸せだな~って。…いいかもな、ドック健診。
1年に1回くらい、こうやって不安になってソワソワして。
普段どおりに家に帰ってトーコと抱き合えることを、幸せだと思えるのは」

…ちょっと大変だったけど。

「…うん」

彼女は小さく頷くと、甘えたように俺の胸に柔らかに頬を摺り寄せた。







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