ツインクロス
「A組。…野崎、です」
すると、その若い男性教師は突然破顔すると、
「野崎…。お前、スゴイな!!見事な一本背負いだったぞ」
そう言って笑った。

(は…?)

てっきり怒られて、名前をチェックされたのだと思っていた冬樹は、呆気にとられてしまう。
「いやー、実はその前から見てたんだが…お前、見かけによらずやるなぁ!空手の心得とかもあんのか?」
(教師のくせに、そんなに前から傍観してたんかっ!?)
思わず心の中で突っ込みを入れずにはいられない冬樹だった。だが、内心でそんなツッコミを入れられているとは露知らず、きょとんとしてこちらを見上げている冬樹を見て、溝呂木はにっこりと笑い掛けると、
「でも、空手なんかじゃなくって…お前、柔道部入らないか?」
ちゃっかり部活のスカウト話を持ち込むのだった。


結局その後、授業の始まりを伝える本鈴が鳴ってしまい、若干慌てた様子を見せた冬樹を、溝呂木は自分が引き留めたせいもあるからと教室まで送ってくれた。『教室が分からず迷っていた生徒』として、きちんと次の授業の教師に話までつけてくれたのだ。それは、あまりに『格好悪い』以外の何者でもなく。冬樹的にはいい迷惑ではあったが、実際に体育館裏からこの教室までの道のりに不安があったのは事実なので、善しとすることにした。



5時限目終了後。

「冬樹っ」
授業が終わり次第、雅耶が慌てて自分の席の前にやって来た。
「お前…大丈夫だったかっ?」
妙に心配顔の雅耶が何を気にしているのかが解らなくて、目で続きを即す。
(さっきの溝呂木って先生が授業に遅れた理由に使っていた『教室が分からなくて迷子になったこと』を言っているのなら、雅耶は空気の読めない最低な奴だよな…)
そんなことを頭の端で考えながら。

だが、雅耶の口からは意外な言葉が出てきた。
「お前…上級生に何か言い寄られてたろっ?」
そこを見られていたとは思わなくて、冬樹は内心ドキリとした。
「あいつらと何処に行っていたんだ?あの後、心配になって追いかけたんだけど、お前見失っちゃって…」
そこまで聞いて冬樹は目を見張った。
「…別に、何もない」
そう小さく言うと、ガタン…と音をたてて席を立つ。



「何もないって―…おいっ冬樹っ」
食い下がる雅耶の声を無視して、冬樹は教室を出て行ってしまった。

(冬樹…)
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