優しい嘘はいらない
「アッ…‥ごめんなさい」
手を振り払われた事に驚いたのか、五十嵐さんの表情が固まるのを見て慌てて謝っていた。
「どうしたんだ?」
「なんでもないの‥」
「なんでもないのに泣くのかよ」
「…本当になんでもないって」
語尾がきつい口調になっていく私の隣で、志乃が間に入ろうとしているのを佐藤さんが首を横に振り止めていた。
しばらくの沈黙
それに耐えられなかった私は足元にある荷物を持つと、財布から千円札を二枚出してカウンターに置いた。
「ごめん…先に帰るわ」
そして、素早く椅子から降りると五十嵐さんの手が私の腕を掴もうとする。一瞬、私が手を引くのが速くて背を向けてお店を出ようとしたら、杏奈と呼ぶ志乃の声が聞こえた。だけど、今は1人にしてほしい。
アパートとは逆方向の駅に向かって歩いていると、鞄の中で何度もうるさいぐらいに鳴るスマホ。
根負けして画面を確認すれば、五十嵐さんからの着信だった。
振られるのがわかっているなら、私から終わりを告げればいい…
「…もしもし…」
『お前、どこにいるんだ?』
「どこかな?」
『ふざけんな‥今日のお前変だぞ。どこにいるか言え‥』
「言わない」
駅から電車が到着するアナウンスが流れてきた。