優しい嘘はいらない
鞄の中から薄手のカーディガンを出し袖を通した時、向かいのショールームのガラス窓から微笑む山城さんと欠伸をしている溝口さんが見えた。
ペコっと頭を下げて小走りに前を通り過ぎる。
いつ見ても素敵な人達…
山城さんは確か、幼馴染の奥さんをずっと一途に思っていて、長年の思いが通じて去年結婚され、その奥さんのお友達と溝口さんは2人が縁で知り合って来月結婚されるし、いい男には必ず相手がいるんだよね。
そこで思い出してしまうのが、五十嵐さん…
私の隣で優しく微笑む彼を想像してしまう。
ヤダ…どうした五十嵐さんが出てくるのよ。
目を閉じてブンブンと顔を何度も左右に振り、妄想を吹き飛ばしていたら鞄の中からブルブルと振動するスマホを無意識に取り出し、出てしまった。
「杏奈…そこで止まってよ」
「なんで?」
志乃からの呼び止めに足を止める。
耳に聞こえる雑音と人の吐く息づかいに耳からスマホを遠ざけると、ポンと背後から肩を叩く人物にショックを受ける。
「……捕まえた」
「……」
にこやかに笑う志乃は、私の腕に腕をしっかりと絡め逃がさないというばかりにクルッと方向転換をして歩き出した。