夏を殺したクラムボン
詩織はこちらを見ようとはせず、無言のまま土で汚れたペダルを踏んでいる。
「なんで葉月?」
訊くと、彼女はペダルから足を離し、蓋を閉めながら細々と言った。
「なんか、仲良さそうだし……」
「なんとも思ってないけど」
「……そうなんだ。じゃあ、今フリー?」
「フリーというか……好きな人とか、そういうのは無いかな」
「本当に?」
詩織は成海の方に向き直り、食い入るように彼の黒い目を覗き込んだ。成海はいささかの気まずさを感じ半歩後退するが、詩織の視線は揺らがない。
……もう練習が始まってるかもしれない。
体育館に戻ろうと身体を向きを変えた瞬間、右の手首を掴まれ、はずみで黒い水筒が落ちた。あ、と声を漏らすが、水筒は鈍い音を立て舗装路を転がる。
詩織は落下した水筒を気にも留めない様子で成海の腕を握りしめ、言った。
「付き合ってよ、成海。
あたし、成海のことが好き」
「……え?僕が?」
訳がわからず、成海は静止して熱を帯びた目を見つめた。
彼女の頰は上気したように耳の先まで紅に染まっており、固く閉ざされた唇が震えている。手首を握る力は強く、手のひらの熱が伝わってくる。
自分に向けられた言葉の意味を徐々に理解し、成海は吐息をついたあと、冷ややかな目で詩織を見下ろした。
彼女はそんな成海の目に気づかず、声を紡ぐ。
「……お願いだから」
「なんで僕?どうして……」
「……わからない。ねえ、付き合ってよ成海、あたしと、お願い」
成海は舗装路に転がった水筒へと目を落とした。