誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―


いずれにせよ御陵衛士は、高台寺の一角である月真院に移転し、新撰組から高台寺党とも呼ばれるようになった。


月真院の本堂の前には、八坂の塔を借景とする庭が広がっており、最低限の手を加えるのみで自由に茂らせた草木が、どこか寂然としている。


多く和歌に詠まれる風景なのだと、酒に酔いつつ伊東が講釈していた。


伊東は、蕾【つぼみ】を付けた椿【つばき】が花開くのが楽しみだと歌うように言い、そして、それまで生き永らえたいものだと囁いた。



椿は血のように赤く、花びらを散らさずに潔く落ちる。


武士の誉【ほま】れのような花だと微笑んだ伊東の声が、斎藤の耳に残っている。


おかげで、山門のそばの見事な椿の巨木を、後ろめたい斎藤は真っ直ぐに見ることができない。


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