誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―


高台寺は、太閤秀吉の菩提【ぼだい】を弔【とむら】うため、正室であった北政所【きたのまんどころ】、寧々【ねね】が建立【こんりゅう】した。


御陵衛士が居留を許されたのは、高台寺領の一角に寧々の親族が興したという月真院【げっしんいん】である。


案内のために出て来た京言葉の僧侶から、伊東はまじめに月真院の由来を聞いていたが、誰それの菩提寺だとか建築の様式がどうだとか、斎藤にはよく理解できなかった。


去年がちょうど建立二百五十年の節目であったという、その話くらいは意味が取れた。



京都で過ごすうちに何となくわかったのだが、京都の寺に多いのは、檀家【だんか】がときどき詣【もう】でて経を読んだり聞いたりする集会所のような代物ではない。


僧侶や隠者が寝起きをする住居として建てられたもの、それも比較的広いものが、実に多い。


いや、斎藤は参詣【さんけい】などしたことがなく、不逞浪士【ふていろうし】や勤王派が潜伏していそうな場所を重点的に見て回るから、


旅館などよりよほど大人数が起居できる施設としての寺の印象が強いのかもしれないが。


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