【B】きみのとなり

3.デートの途中に出逢った女 -嵩継-



「嵩兄ほらほらっ、もう映画始まっちゃう」


そう言いながら、オレの前をTシャツにミニスカートをはいて、
ハイヒールで走っていくのは氷夢華。

オレが生きていくうえで、一番長く関わってきた女だ。


「って、そんな慌てなくても映画館は逃げないだろう。
 氷夢華、前っ」

後ろを向いてオレに話しかけるあまり、人とぶつかりそうになったアイツをたしなめながら、
少し歩く速度をあげて、アイツを追いかける。


「兄貴、チケット買ってくるね」


そう言うと、アイツはチケット購入端末の前に立って画面操作していく。

すかさず財布からチケット代金をアイツに手渡すと、
氷夢華はそれを受け取って、チケットを購入した。



映画館って……一体最後に来たのは何時だったか。

記憶を辿ってみると、最初で最後に来たのは氷夢華と一緒だったか……っと
遠い記憶を懐かしむ。

その時も、ちっちぇえ氷夢華は映画館に向かって走ってたな。


なんだよ、今も昔もちっとも変ってねぇじゃねぇか。




「兄貴、チケット持ってて」


一人、想い出を懐かしんでたオレの腕を掴んで機械の前から移動すると、
チケットを手渡して、そのままアイツは食べ物の購入列へと並んだ。


すぐにポップコーンとドリンクを二つ手にして戻ってくると、
チケットをかざして場内へと入った。

すでにスクリーンには本編とは違った映像が流れていて、
オレたちは慌てて座席へと向かった。




「ほらっ、兄貴のせいで近くの人に迷惑かける羽目になったじゃない」

っと囁き声で氷夢華はオレに抗議する。


だけど手元は購入したポップコーンやドリンクを手際よくドリンクホルダーにいれたり、
膝の上に置いたりとセットしている。


「悪い。仕方ねぇだろっ。ほらっ、始まるぞ」


スクリーンの画面が変わって本編が始まりそうな気配を感じると氷夢華を促しながら、
座席の背もたれに体を預ける。


程よい暗さと、快適温度に設定された空間。
夜勤明けの身には、なかなか拷問に近いな。


睡魔と格闘しながら、始まった映画をボーっと見ながら
氷夢華へとの時折視線を移す。


せっかく買ったポップコーンにも手を伸ばさず、
冒頭から映画に夢中のようだった。






『嵩兄、今日こそは約束守ってくれるんでしょうね。
 映画付き合ってよ。もう今週最終日なんだから、今日がタイムリミットだよ。
 明日も明後日も、もう仕事で二人一緒に行けないんだから』


今朝は何度も何度も確認するように氷夢華はオレの前へと姿を見せては言い続けた。



4月の後半からアイツの両親に正式に挨拶をしてオレのマンションで同棲を始めたオレたち。

すでに一緒にいるのが当たり前というか自然になっちまって、
時折、アイツの女を強く意識してしまってモヤモヤするときもあるが、
今までとは違って、僅かでも時間を作っては自宅へ帰ることが多くなった。

アイツが居なかった頃は、マンションに帰るのが邪魔臭くて、
居候させてもらってた雄矢院長の自宅の一室へと寝に帰ってただけだった。

GWがはじまって直後、勇人が見つかってからは、
今日まで仕事とマンションと勇人の看病に追われ続けてた。


それでも3週間に一回くらいは、こうやって時間を作って氷夢華とテートらしき外出はしたものの、
1回目はディナーの途中に、患者急変で呼び出しが入ってデート終了。

その日からまた、2週間後くらいにオンコールで出掛けたデートも、
玉突き事故が起こったらしく、呼び出しで終了。
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