僕は君に夏をあげたかった。
「………ね、佐久良くんのお母さんってどんな人?」

「えー…?
別に普通だよ。怒るとこわくて、……少し心配性で。いつも、心配ばかりさせていたな」

「……そっか…」

「………………松岡さんは?」

「え」

「松岡さんの、お母さん、は?」

「…………」


一瞬。

私の脳裏に、2人の女の人が浮かんだ。

すぐに片方を打ち消し、幼いときに死んだ、生みのお母さんを思い浮かべる。 


「……あんまり覚えてないの。優しい人だったと思うんだけど、病気がちで入院していることも多かったから」

「そっか……」


佐久良くんが少し声を落としてうなずき、私を抱き寄せる。


「……人は、いなくなったらそうやって思い出になっていくのかな……」

「え?なに、佐久良くん」

「ううん。何でもない。

……そうだ、松岡さん。この海で君の絵を描いていたこと覚えてる?」

「うん、もちろん。だって、すごくたくさん描いてくれてたじゃない」


そう言うと『それもそうだね』と佐久良くんは笑う。


「その絵さ、もうキャンバスに描き出しているんだ。この夏が終わるまでには完成できると思う」

「わ、本当?ちょっと恥ずかしいけど楽しみ」

「うん。それでさ、良かったら、…完成した絵をもらってほしい」
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