僕は君に夏をあげたかった。
「…さ、佐久良くんこそ、どうしてここに?」


中学のときの転校先は、確か関東圏だったはずだ。

関西の……しかも、こんな片田舎に住んでいるなんて、なにか理由があるのだろうか。


「……んー。なんというか……」


佐久良くんは小さく首をかしげ、思案するような表情を見せる。

それからいたずらっ子みたいな笑顔を浮かべた。


「俺も、夏休みかな……ちょっと早い、ね」


「え……」


明らかにはぐらかしているとわかる答え。

どう受け取っていいかわからず、私は言葉に詰まる。


佐久良くんはそんな私の反応に笑みを深くした。


「……まあ、いいじゃないか。そんなことは」


「そんなことって……」


「―――それより……」


ふわ……と視界が薄暗くなり、灼熱の日差しが和らぐ。

頭に何かかぶせられた感覚。

足元の影が丸い形を描く。


佐久良くんが持っていた麦わら帽子を、私の頭に乗せたのだ。


「……帽子、かぶったほうがいいよ」


「あ……」


「かしてあげる」


そう言って微笑むと、佐久良くんはきびすを返し、堤防の方へと歩いていく。


「……さ、佐久良くん。これ……っ、どうしたら……」


「かしてあげるってば。しばらくここにいるんだろう? だったら絶対また会えるから、そのとき返してよ」


「…………」


「またね、松岡さん」


放物線を描くようにきれいに手を振りながら、佐久良くんは砂浜を出ていった。

残されたのは私、……と麦わら帽子。


「……な、なんだったの」
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