僕は君に夏をあげたかった。
「……ね、佐久良くん。シジミってなに?」


真っ先に思い付くのは、味噌汁によく入っている貝だけど、話の流れからしてそれはないだろう。

エサをあげるとか言ってたし。


「あ、野良猫だよ。松岡さん、猫は好き?」

「好き……だけど」

「じゃあ、アイス食べたら、一緒にごはんをあげにいこう。お昼くらいになったら、ごはんもらいにこの商店街にやって来るんだよ」

「え、野良猫が…?」

「うん。野良猫って言っても、もともとはこの商店街の中の本屋さんで飼われていた猫なんだよ。
でも飼い主が亡くなって、本屋も閉店になっちゃってさ。ひとりぼっちになった猫を、商店街のみんなで面倒みてるんだ」

「……そう……なんだ」


なぜだろう。

猫の境遇に胸が痛くなった。

自分と少し重ねてしまったのかもしれない。



「…夏くん、お待たせ。ほいだらこれ、頼むわ」


奥から出てきたおばあさんが、猫缶を1つ佐久良くんに差し出す。

CMでよくみるメジャーなもので『高齢猫用』と書かれている。

『シジミ』は、年寄り猫のようだ。


「ありがと、おばあちゃん。じゃあ、またね」

「はいはい。夏くん、また来てな。……麻衣ちゃんも」

「………はい。ありがとうございました」


おばあさんはニコニコ笑って見送ってくれた。

私たちは買ったアイスを食べながら、商店街をブラブラ歩く。

あまりの暑さに食べたそばからアイスが溶けていった。

アスファルトの地面は砂浜より暑く感じる。

照り返しの熱もすごく、遠くに陽炎がゆらめいてみえた。


「……あれ」


ほぼアイスを食べおわったとき、陽炎の中を1匹の猫が歩いてきているのを見つけた。
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