僕は君に夏をあげたかった。
「……駄目なんだよ。みんながじゃない。シジミが、ね。」

「……え」

「本屋さんが亡くなったあと、商店街の人の何人かはシジミを飼おうとしたんだって。一匹にするの、心配だからね。
でも、家につれていっても、シジミのスペースを用意しても、シジミは出ていってしまう。出ていって、……元は本屋だった空き家に帰ってしまうんだって」


な~、と猫缶を食べ終わったシジミが甲高い声をあげた。

佐久良くんはシジミの頭をそっと撫でてあげる。

シジミは満足そうにのどを鳴らした。

そののどには古ぼけた赤い首輪が巻かれている。

飼い主であった本屋さんがつけたものだろうか。


「……こうしてごはんを食べてくれても、撫でさせてくれても。
結局、シジミの家族は本屋さんだけなのかもしれないね。俺たちがその代わりになろうとしても、シジミ自身はそれを必要としていないのかもしれない」

「………」


ごはんを食べて撫でてもらって、満足したらしいシジミはゆったりと歩き出した。

そのまま陽炎の中へ消えていく。

その姿が儚くて、もう二度と会えないんじゃないかって思ってしまう。


「……さみしくないのかな」


思わず、そんなことをつぶやしてしまった。

佐久良くんは首をかしげ、そっと私のそばに寄り添う。

近くなった彼の気配に胸がどきりと跳ねた。
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