僕は君に夏をあげたかった。
『今の家』と話すとき、のどを異物が通るような苦しさがあった。

知らず知らず、声が裏返る。


気づいてないわけがないのに、おじいちゃんは何も気づいていないみたいに笑った。


「……ほいだら、こっちにおる間は、たくさん海で遊んだらええよ。

じいちゃんの家から海は歩いて5分や。まあ、遊泳禁止になってるから水着で泳いだりは出来へんけど。波打ち際で遊ぶだけでもいい息抜きになるんとちゃうか」


「……うん。そうだね」


おじいちゃんの優しさが嬉しくて、だけど歯がゆい。


―――全部わかっているくせに。

お父さんから、全部聞いているくせに。


私が……お父さんに見捨てられて、ここに来たことを。



* * *


海が見えたら、おじいちゃんの家はすぐだった。

トラックが、木造の家の広い庭へと停められる。


おじいちゃんは『着いたで』と私の肩を叩き、運転席からおりた。

私もそれに続く。

すると、すぐに痛いくらいの夏の日差しが降り注いでくる。

頭がクラクラしてしまいそうだ。


「……大丈夫か、麻衣ちゃん」


私の荷物をおろしながら、おじいちゃんが心配そうに尋ねてくる。


「今年は特別暑いやろ。ここまで暑いのは、初めてかもな」


「うん……。でも海が近いせいかな。風が気持ちいい」


それは嘘じゃなかった。

時おり吹く潮の香りがする風は、涼を運んでくれる。

もちろん、暑いものは暑いのだけれど

それでも都会暮らしだった私にとって、涼やかな自然風は新鮮で、心地よかった。


「そうか。それなら良かった。

……なあ、麻衣ちゃん。荷物おいて少し休んだら、海に行ってきたらどうや。
ここの浜は人が少ないから静かで落ち着くと思うで」


「うん。……そうしようかな」


おじいちゃんの提案を、私は二つ返事で受け入れた。

なぜだろう。

なんだかとても……海を間近で見てみたかった。

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