海老蟹の夏休み
「それで、沢木さんはどうしたんですか。疲れ果てて、そのまま受験まで頑張ったんですか」
 結果はともかく、どんな状態で冬まで過ごしたのか知りたかった。受験校のレベルは違えども、状況はまるで同じなのだから、目測が立つ気がした。

 沢木は夜空を仰ぐと、何が可笑しいのかふふっと笑う。
 だけど、まじめな声で返事した。
「脱皮したんだ」
「え……」
 横顔もまじめになる。だけど、朋絵にはよくわからない返事だった。

「きみが大好きなザリガニと同じさ。今考えると、あれは脱皮できたんだと思う。びっくりするような、単純なことでね」
 店じまいをして暗くなった案内所の前を通る。
 噴水広場のバス停まで歩く間に、彼はすべて話してくれた。

 その「単純なこと」に、朋絵は驚くのだった。
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