海老蟹の夏休み
 熱のこもる話し方に、朋絵は引き込まれる。沢木は生き生きとした口調で続けた。
「きみも今日、いっぱい泣いたな。予測はしていたが、どうやらきみと僕は似たもの同士。言うなれば同種の人間らしい。だから、僕の経験からくるアドバイスは『答え』になると思う」

 沢木さんは私の分身だ――

 朋絵は確信し、素直に頷いていた。

「これから先、時々は机を離れて外に出なさい。街でも、公園でも、もちろんこの穂菜山でもいい。子どもの頃の夏休み、知らなかった景色、どこかになんらかの発見がある」
 それは実にわかりやすく、単純すぎることだった。
 要するに、彼の言っていることは……

「息抜き、ですか?」
 沢木はしっかりと顎を引き、朋絵が握りしめるハンカチに目を当てた。
「そうだ。そうして今日みたいに、泣いたり笑ったりすればいい。気が済んだら机に戻り、また苦しくなったら外に出る。そうこうする内に、受験は終わっているだろう。これは本当の話だよ」
「それは、経験から?」
「ああ」

 息抜きをしろ――

 シンプルな答えに驚くけれど、今の朋絵には理解できることだった。
 三日月池のほとりでわんわん泣いた自分は、確かに今はすっきりとして、身も心も軽くなっている。

 穂菜山の静けさに包まれ、星の瞬く夜空を見上げた。
 沢木のくれた答えは本当に、本当だろうか。
 どうだろう。

 けど、とても楽になったのは事実で、救われたと思う。
 重くきゅうくつな皮を脱いだザリガニは、こんな気分なのかなと想像する。

 たぶん、そうだろう。
 だから、脱皮なのだ。
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