海老蟹の夏休み
 水族館は記憶よりもはるかに粗末な外観だった。

 山の中腹に建てられたそれは平屋で、奥行きもそれほど無いように見える。
 朋絵はゆっくり後退すると、離れたところから姿勢を低くして見上げた。この角度なら大きく感じるかもしれないと思ったのだが――そうでもない。

「でも、3階建てくらいのイメージだったのに、おかしいなあ」
 もう一度玄関前に近付いて、じろじろと眺め回す。
 輝かしい思い出。夢の水族館だったはずなのに、激しい違和感があった。

「意外に薄汚れてる。こんなにもみすぼらしい建物だったなんて」
 ショックのあまり、失望を声にしていた。
 だから、横を通り過ぎる白衣の男がぴたりと止まった時、朋絵はすぐに後悔した。

 しかし言ってしまったものは仕方ない。覆水盆に返らずで立ち竦むしかなかった。

 男は白衣のポケットに両手を突っ込んだ格好で、体ごとこちらを向いた。
 首にネームプレートをぶら下げている。
 研究者の風体だが、大学生というほど若くもなく、教授とか先生といった感じでもない。

 背が高くスマートな体型で、眼鏡をかけた顔はハッとするほど整っているが、何となく皮肉っぽい印象である。
 薄い唇の端を軽く上げているせいだ――
 もちろん、好意的な笑みではない。

 逃げることも出来ず、彼を観察するしかない朋絵にはわかった。



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