スノウ・ファントム
「悲しむ……? そんなの嘘だ。そりゃ、最初は少し悲しんでくれるかもしれない。でも、それはきみがそばにいればすぐに消えるだろう。……さっき、チョコをもらった時に言われたんだ、佐々木さんに」
目を伏せた葉村は、絞り出すようにしてこう言った。
「“チョコは、あげられるけど……私の気持ちだけは、あげられない”って」
「え……?」
くるりと後ろを振り返ると、キナコが目に涙をいっぱいにためて、一歩一歩近づいてくる
キナコが、そんなことを――。
愛しさに胸がぎゅっと縮み、決心が鈍りそうになる。
でも……その言葉を、たとえ他人の口から聞けただけでも、俺は充分だ。
さあ、早くお互い元の姿に――。
そう思い、もう一度葉村の方を振り返ったとき。
屋上に、強い風が吹いた。
葉村はぐらりとバランスを崩し、片足を踏み外した。
その姿は一瞬にして、屋上から消えてしまった。
「な……っ!」
咄嗟にガシャンと手すりを乗り越えた俺も、自らそこを飛び降りる。
雲の上から地上に降りてくるときより、はるかに低い高さからだから、恐怖はなかった。
「葉村くんっ! ルカ――っ!」
「……っ、キナコ!? なんで……っ!」
次の瞬間、あろうことかキナコまでもが屋上から飛び降りていた。
しかし話している暇などない。
猛スピードで落ちていく中、地上にたたきつけられるまでの一瞬で、俺は最善の策を必死で考える。
本当なら、葉村との身体の交換を解除して、俺だけが落ちれば済むことだと思っていた。
その場合、俺の肉体はなくなるが、魂は消えない。
キナコの本心を知ることができたことで未練は解消され、その行き先は天国だったかもしれない。
でも、こうなってしまったら、もう――。
俺は目を閉じ、頭の中で強くイメージする。
お願いだ。
二人が助かるほどの、柔らかい雪を、地上にたくさん。
ーー今、すぐに。