シチリアーノは泡沫に
「いつ始めたの、フルート」

僕はなんとなく聞いてみた。


「小五のとき、仲良くしていた近所のお姉さんが吹奏楽をやっていて、その演奏会を見に行ったの」

「それで自分もやりたくなったんだ?」


「そう。色々な楽器があったけれど私は語りかけるようなフルートの音色に耳を奪われた。私も……歌いたいと思った。遠くまで聞こえるような、綺麗な声が欲しかった」


いつの間にか雨の音は耳の外に追い出されて、僕は熱心な皐の声だけをひたすら辿っていた。


「毎年少しずつお年玉を貯金して貯めてたお金で楽器を買って、吹奏楽部に入って、高校も音楽高校を選んだ……」

皐の声が最後の方とぎれとぎれのラジオのように聞こえて、僕は無性に不安になった。

皐はどこか消えてしまいそうな脆さを持っていたから。


皐が口を閉ざしてしまって沈黙が漂い、雨の音が僕の耳に戻ってきた。


「誰かの心に残りたい」


雨の音に紛れて降った言葉は、あまりに小さくて空耳かと疑うほどだった。
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