あしたのうた


地面に転がったまま抱き合って、泣き続ける姉を抱き締める。私からかける言葉はもうない、ただ姉の心の叫びを、聴いてあげることが大事だった。


「真幸さんが大好きだった……っ、千緒のことも大事だったのに、真幸さんを好きになっちゃった自分が嫌いで、でも大好きで、っずっと隠してて、千緒は知らないって思ってたのに、真幸さんのお葬式で言われて、私好きじゃないって嘘吐いて、そんなことで千緒が離れるはずないのに、寧ろ嘘なんて吐いたから今離れちゃってるって分かってるのに……っ! どうしても、本当は認めたくなんてなかった、さっきだって好きなんて言ったけど、そんなことないって心の中で打ち消して、でも、やっぱり、無理だよお……」


失ってから自分の中の本当の気持ちに気付いて、伝えることのできない辛さを、私はよく知っている。


「すき、なのに……好きなのに、好きな人は、もういないの……っ、どうして、っ死んじゃったの、どうして真幸さんなの、他の人じゃなかったの……っ、他の人が無理なのは分かってるのに、千緒だから真幸さんは飛び出してきたのに、わ、たしっ」


どんなに想っていても、相手に言葉は伝わらない。どれだけ好いていても、相手が抱き締めてくれることは、ない。


「……徹さんに、合わせる顔なんて、なかった、たすけてくれたあの人のこと、私振り払って、どうしてたすけたのって、あとでなじ、って、死にたい、っわけじゃなくて、真幸さんの傍に、ただいたかっただけで……っ」


お姉ちゃんが、そこまで想う人がいるなんて知らなかった。


ここで重ねるのは間違っているのかもしれないけれど、鏡王女にもそういう相手がいたのかもしれないと、思う。中大兄皇子も、きっとそうだったのかもしれない。二人が一緒に過ごしていたのは、お互いの利害が一致したからかもしれない。


嗚呼、でも。徹さんには、お礼を言わないといけないな。


「……お姉ちゃんが、死ななくて、よかった」


ただ、それだけを喜んでも、ばちは当たらないだろうか。


はっとしたようなお姉ちゃんが、ごめんね、とぽつり、零す。いいよ、と返すと、くぐもった声で何度もなんどもごめんと落とされる。


いいんだ、だって、気持ちはよく分かるから。私だっておんなじだ。だから謝られる理由なんて、ない。


「私は、お姉ちゃんがそこまで愛せる人がいたことが嬉しいよ」


千緒ちゃんの存在があったから、一緒になることは無理だったかもしれない。それはそれで苦しい未来があったかもしれない。


それでも、人を愛すというのは、とても難しいことだ。他の人が、親友が好きな人を陰ながら想い続けるのは、精神的にとてもきついことだ。


「……っ、うんっ……!」


ありがとう、と。そう言うなり姉が泣き疲れたせいか寝てしまったことに気付き、私は困りながらも笑みを零した。まさか泣き疲れて寝てしまうほど、姉が泣くとは思わなかった。


それだけ、真幸さん、が大切なのだろう。姉が彼氏を作らないのも、そもそも異性とあまり関わろうとしないのも、同性とすらあまり話していないように感じられたのも、きっとそれが全ての原因。


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