あしたのうた
そんなこと、言われたことがなかったから分からない。言われたことがなかった、言える状況では、言ってもらえる誰かが、きっといなかった。
そこまで考えて、あれ、とナチュラルに口に出された名前に顔を上げた。
「天音……?」
天音といえば、芝山さんしか出てこないのだが。疾風と芝山さんが知り合いだと聞いたことは、ない。けれど。
「あれ、言ってなかったか? 芝山天音。ほら、村崎さんの友達だよ、文化祭も一緒に来てただろ。知らねえ?」
「や、芝山さんは知ってるけど。……え、知り合い?」
「あ、そこを言ってなかったのか。俺と天音、従兄弟」
「……従兄弟?」
きょとん、としながら疾風を見た。おう、と頷く疾風、こんなところで嘘なんて出てくるはずもなく。
「従兄弟!?」
「そんなに驚くことか?」
「えっだって、……テンション似てるのはそのせいなの……」
首を傾げた疾風から視線を外し、両手で顔を覆うと深い溜め息。紬も知らなかったのだろう、二人が一緒だったら騒がしそうだと話していたのは記憶に新しい。
紬はもう知っているのだろうか。教えよう、思って連絡が取れないことを思い出す。
衝撃は残っていないわけではないけれど、それより紬のことを考え出してしまうと止まらなくなる。けれどこの数日考え尽くしてしまったわけで、今更新しい考えなんて思いつくわけもない。
「わーたーる」
名前を呼ばれて、強制的に思考が中断される。真剣な顔をする疾風が、もう一度俺の名前を口にした。
「お前、『あした』を信じてねぇだろ?」
それは、問いかけというより、確認。
まさか言われるとは思わなくて、知られているとは、気付かれているとは思わなかった。息を飲んだ俺に、疾風が遠慮なく厳しい視線を向けてくる。肯定も否定もできずに黙り込むと、大仰に溜め息を吐いた疾風があのな、と言葉を続けた。
「無言は肯定とみなすぞ」
否定を、返すことはできなかった。嘘を吐きたいわけではない、隠すのは自分の中で許されるとしても、嘘はなるべくなら吐きたくない。
そう考えていたのが、仇と言うべきか功と言うべきか。否定するなら間髪入れずに否定すべきだったところ、こんなに時間を空けて否定したところで不自然だし、それは嘘だと言っているようなものだ。なんだかんだと鋭い疾風のこと、煙に巻かれてくれるはずもなく。
「……そう、だよ」
静かに肯定をすると、意外だったのか疾風が片眉を跳ね上げた。