あしたのうた


それに態とらしい笑みを浮かべ、軽く首を竦める。ったく、と零した疾風が、緩く首を振った。


「それは、村崎さんがいても?」


無言は、肯定になると分かっていても。的確にそこを突いて来た疾風に、反応が遅れた。


「渉」


答えろ、と疾風が言外に告げてくる。それにどう答えるべきか悩んで、口籠る俺を今度は急かして来ない。


紬が、いても。信じることは、できているだろうか。信じられていないだろうか。信じたいとは、言った。紬が『あした』を信じるのなら、俺はその紬を信じると、そう告げた気持ちは変わっていない。


だって、約束した水曜日を、信じている。紬はきっとくると、連絡が取れない状況下でもそれは確定事項として、俺の中には存在している。


ちゃんと、みらい、が。紬との『あした』が。


それを、疾風は排他的と言うのだろうけれど。


「……紬との『あした』は、信じたい。否、信じてるって、自分では思ってる」


確信を持って信じていると言えないのは、『あした』を信じて来なかった期間が長すぎるからだ。


「村崎さんと何があったのかは知らねえ。そもそも俺、付き合ってるのだって今知ったし、この分だと天音にも言ってねーんだろうけど」


多分、という意味を込めて頷く。芝山さんと仲は良さそうだし、俺と紬という共通の知り合いがいれば話題には登るはず。それなのに疾風が知らなかったということは、紬も芝山さんに言っていなかったのだろう。


周りに言う、言わない、という話は一切していなかった。あの日、兄貴に会った途端に紬はどこかおかしくなっていたから。そういう話をする間も無く紬を家まで送って、その後連絡が途絶えて今。言わなかった理由は、多分俺と同じ。


そう思えるくらいの繋がりは、ちゃんとある。あるけれど、不安になるのはどうしようもないことだとも思う。


『昔』に、戻ったと思えばいいと自分に言い聞かせてはいるのだが。紬より記憶を取り戻すのが遅かった上に、この時代に粗方浸かってしまっていたのもあって、中々そう上手くはいっていない。


清吾だった頃も、聡太郎だった頃も、最近思い出した高治だった頃も。連絡なんて取れないのが当たり前の時代に生きていたのに、たった十六年、十七年記憶がなかっただけで慣れてしまうものなのだ。俺だって、こんなことにならなければ思い出すこともなかったのだろうけれど。


「『あした』を信じるのに、理由なんているのか?」


落とされた言葉を図りかねて、ぱちぱちと目を瞬かせる俺に疾風が言葉を重ねた。


「『あした』が当たり前にくる世の中で、信じちゃいけねえ理由なんてあるのかよ」

「……それは」


だって、それは。


< 92 / 195 >

この作品をシェア

pagetop