コクリバ 【完】
「折れたのか?」
「折れてはないと思う。でもすごく痛い」
「病院行ったのか?」
「病院は、行ってない」
「行くか?ちょっと待ってろ」

兄は、それ以上聞かなかった。

聞かれなかったことにホッとしたけど、全てお見通しだからこれ以上聞かなくてもいいと判断されたかもと思うと、それも恐ろしい。

玄関を開ける音に続いて、兄が誰かと話す声が聞こえてくる。

「悪い。車借りてきてくれないか?」
「……」

相手の声はよく聞こえない。

「奈々が怪我してる。足だ」
「……」
「義人のとこで借りてきてくれ」
「……」

扉の閉まる音がして、兄が戻ってきたから聞いてみた

「誰と話してたの?」
「……中山……」
「えっ」

今は中山さんには会いたくない。
と言うより、どんな顔して会ったらいいのか分からない。

「奈々。俺がいるから安心しろ。もう一人にしないから……」

動揺したのがあからさまにバレてしまったんだろう、兄が伏し目がちにそう言った。

「それより、着替えられるか?」

兄に指さされ、自分の姿を改めて見下ろすと、ブレザーは汚れ、ブラウスはボタンが飛び、ブラジャーが見えそうなくらい胸元が大きく開いていた。

「あっ。着替えてくる。あっ、でも階段上れない」
「じゃ、適当に持ってくるぞ」

と言って兄が取ってきた私服はあり得ない組み合わせで

「お兄ちゃんセンスなさすぎ」
そんなことを言いながら着替えた。

病院に向かう車の運転は中山さんがしてくれた。
中山さんはあの日のことには一言も触れず、それまでと変わらないように大きな声で陽気に話しかけてくれた。
でも、逆に、一言もあの日のことに触れないというのが、あの日のことがタブーになっている証拠。

病院では、高木先輩が巻いてくれたテーピングを剥がされそうになって、必死で抵抗した。
兄のかかりつけの整形外科だったから「しょうがないな…」と言ってそのままレントゲンを撮ってくれたけど。

折れてはいないらしい。
捻挫だった。

高木先輩の言った通り。

先輩のテーピングの上から更に白いテーピングを施され、大げさに松葉杖まで渡された。

その日から、兄の過保護さは増したような気がする。
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