コクリバ 【完】
うつむきながらゆっくり歩いてくる待ち人の姿を捉えて、心臓がバクバク動き出す。

黙っているとニヤついてしまう顔を、笑顔ぐらいにまで戻して、
「おはよう吉岡。朝一って何時なの?
はっきり言ってくれないから迷ったし…」
第一声は、あんまり可愛くなかった。

「……」

だけど、吉岡は、私を見ない。
真横を向き、研修棟を睨んでいる。

照れ隠し?
でもそんな雰囲気でもない。
笑顔が強張る。
胸がざわつく。

イヤな沈黙が、この場を支配していた。

なんとかこの沈黙を破ろうと焦った私は
「な、なに?
私、なんで、呼び出されたの?」

……直球で聞いてしまった。

もっと他に聞き方あっただろうに、不安過ぎて言葉が出てこない。

なのに吉岡は、私を見てくれない。

どうしたんだろう。

「あ、ああ。これ、やる」

そう言って、小さな紺色のビニール袋に入った物を、私に押し付けてきた。

「何?」
「CD…この前話してた人の…」

吉岡が気に入っているアーティストのだと分かったけど……

「……」
「……」
またしてもイヤな沈黙が続く

「じゃあ」
突然、吉岡が私に背を向けた。

「えっ?それだけ?」
思わず右足が半歩出た。

「俺、彼女いるから」

私に背を向けてその一言を言った途端、吉岡は走り去った。
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