太陽が愛を照らす(短編集)




「じゃあ今考えてること言ってみ?」

 言われて少し考えてから、観念して話してみることにした。

「……潤くんは、初恋、いつだった?」

「は……つこい?」

「うん」

 ちらりと振り向いてみると、潤くんはタオルケットでぐるぐる巻きになったまま天井を見上げ、うーんと唸る。

「……幼稚園かな」

「初めて付き合ったのは?」

「中一」

「ファーストキスは?」

「中二」

「じゃあ、初体験は?」

「それも中二かな」

「……」

 前々から、女性関係で苦労したことがない、と言っていたから、色々早いんだろうなあとは思っていたけれど。本当に早かったみたいだ。

「え、なに、おまえ……」

「……なによ」

「まさかそんなことで機嫌悪かったの?」

 なによ。だって……。だってわたしと出会う前の潤くんはどんな風に過ごしてきたんだろうとか、どんな人と付き合ってきたんだろうかとか……。どうしても気になってしまうんだもの。

 潤くんとわたしが出会うまでには二十六年の歳月があったわけで。
 初めて誰かと付き合ったのが中学一年生の時なんだったら、それから一年にひとりずつ付き合ったとしても十三人。二年にひとりだとしても六人の女の子が彼の隣にいたということになる。

 経験豊富な彼は、昔の恋人とわたしを比べていないだろうか。地味なわたしじゃあ、物足りなくないだろうか、と。いつも不安になる。

 そんなわたしの心中を察したのか、彼はふっと笑みをこぼす。

「そんなこと気にしなくていいんだよ」

 そしてタオルケットの中にわたしを引き込んで、今度はわたしごとぐるぐる巻きになった。

「初恋とか初めての彼女とか、そんなの昔の話だ。今の俺を見ろ。春香好きだー、好きで好きで朝から晩まで春香のことしか考えらんねー、もう春香以外の女に欲情しねー、ってオーラが身体中から滲み出てるってのに」

 言いながら、もみあげから顎まで綺麗に生えそろったひげを、わたしのほっぺたに擦り付けてくる。

「あー、いたい、じょりじょりするー……」

「これも愛だろ、愛」

 これが愛だとしたら、結構なレベルで痛い愛だ。

 じょりじょりついでにちゃっかり唇を奪った潤くんは、満足そうにわたしを抱き締めて、ふうっと息を吐いた。


「春香の恋愛履歴がどんなでも、俺は気にしねえよ」

 そう、だね。そうだったね。大事なのは過去じゃない、今なんだ。

 今彼の隣にいて、ひとつのベッドで寄り添っているのはわたし。そして彼も、ありったけの愛をわたしに注いでくれる。
 不安に思うことは何にもないんだ。

 ここ数ヶ月の無意味な憂鬱が一気に晴れて、彼の胸に額を押しつけた。

 そんなわたしの耳に、彼の声が響く。

「参考までに、春香の初体験は?」

「十九歳」

「……」

 急に無言になったから、不思議に思って顔を上げると、彼がまた口を尖らせていた。
 気にしないと言ったわりに、そんな顔。しっかり気にしているじゃないか。

 ぷっと噴き出して、もう一度彼の胸に額を押しつけた。








(了)
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