遺書
「家の前でカマキリが死んでたんですよ。大人のカマキリでした」
「カマキリが?」
「はい。周りには蟻が集たかってました。彼は人知れず、見知らぬ土地で死んだんです」
おばあさんは俺の話を黙って聞いている。
「きっと彼にも家族がいたと思います。友人だっていたかもしれません」
「カマキリにかい?」
「人間には人間の世界があるように、虫にだって虫の世界があってもおかしくないはずです」
「・・・それで?」
俺はちゃぶ台の上に置かれたお茶を少し飲んだ後、続けた。
「きっと彼の存在は時と共に忘れられるでしょう。そして、彼という存在が最初からなかったかのように、世界は何ひとつ変わることなく、動くんです」
「虫と人間は違うと思うがね」
「同じですよ。命に大きいも小さいも、人間も虫もありません」
「あんたが命を語るかね」
おばあさんは少し笑ってみせた。
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