ハロー、マイセクレタリー!

教室へと戻ると、すでに結衣子は先に帰った後だった。よくあることだ。

朝は、通り道だからと何となく習慣で僕が高柳家に寄ってから通学しているだけで、帰りは、僕が用事で遅くなると分かれば、結衣子は先に一人で帰ってしまう。
どこまでも自立した姫君だ。

「奏、たまにはうちに寄ってかないか?サッカーしようぜ」

一人荷物を持って教室を出れば、隣のクラスの長谷川時生(はせがわときお)に声を掛けられる。時生は、去年まで三年連続で同じクラスだった友達だ。
地元のシューズメーカー、ハセガワの御曹司…と言っても、彼自身は本家の生まれではない。
駆け落ちして勘当された現会長の息子(実は征太郎君と僕の父さんの同級生らしい)の代わりに跡を継ぐことになったのが、当時社員として働いていて、唯一血縁関係のあった時生の父親らしい。そのため、幼少期まではごくごく普通の一般家庭で育ったせいか、僕とは何かと気が合った。

「あー、でも時生の家ってサッカーやれる庭なんてあったっけ?」
「サッカーなんて、どこでも出来るじゃん。今さ、庭にある木をゴールポストに見立ててシュートの練習してんの。一緒にやろうぜ!」

得意げに喋る時生の顔を見ながら、何度か行ったことのある長谷川邸の丁寧に手入れされた立派な松の枝が思い浮かんだ。

「僕はやめておくよ。時生、サッカーやるなら公園まで行った方がいい」
「おれも、行きたいよ?でも、勝手に屋敷から出るなってうるさいから、仕方ないだろ?」
「じゃあ、大人しく家に居ろよ」
「でも、サッカー練習したいんだって。俺、将来は絶対プロになりたいからさー」

目をキラキラさせながら歩く時生に歩調を合わせる。三年も毎日聞いていたから、今更聞かなくとも時生の将来の夢は知っている。でも、周りがそれを歓迎しないことも、また知っている。

「難しいだろ。時生が期待されてることは、違うんだから」
「ああ、いずれは父さんみたいにカイシャを継げって言われてるけど……」

不本意だろうが、おそらく逆らうことは難しい運命。
それでも、時生は諦めることなく、夢をみる。
< 14 / 51 >

この作品をシェア

pagetop