ハロー、マイセクレタリー!

「いざとなれば、俺、サッカーとカケオチするからさ」

それで、解決だろ?とドヤ顔で笑った友達に、僕は降参とばかりに吹き出した。

最終手段は、駆け落ち。
子供ながらに、大人の会話を盗み聞いて辿り着いた精一杯の答えが、可笑しくも切なかった。

「ははっ、名言だな。サッカーと駆け落ち」
「だろう?人間、その気になれば何だってできるんだよ」

まだ笑いが収まらない僕の顔を覗き込んで、時生が何でもないことのように気軽に尋ねる。

「奏もするのか?駆け落ち」
「僕が?なんで?」
「だって……好きなんだろ?」

時生の顔がさっきまで無邪気な会話をしていたとは思えないくらいに、色気を帯びていた。普段は明るく三枚目のキャラを押し通している時生も、こういう時は多くは語らずニヤニヤと意味深に見つめてくるだけだ。

「………知ってたのか?」
「ああ、きっと奏が自分で気付くより、ずっと前にな」

思ったよりも勘の良い時生に感心しながらも、僕は慎重に誤解のないように答える。

「しないよ。彼女がそれを絶対に望まないから」
「どうして?」
「第一、彼女は僕のことを何とも思ってない」
「今はそうでも、このまま一緒に居れば時間の問題だと思うぞ」
「そんなに簡単じゃない」
「学校一モテる奴が、随分と弱気なんだな」
「好きでモテてるわけじゃない」
「それ、俺以外に言ったら、完全に嫌味だからな。気を付けろよ」

完全にクスクスと笑いを堪えている時生に対して、僕はいつの間に形勢逆転したのだと頭を抱えた。

「奏なら、駆け落ちしても俳優か何かで食っていけるよ」
「そんな職業に就くつもりはない!」

だめ押しのようにからかってきた友達に、憮然として手を振る。校門の前には、山の手にある長谷川の家から迎えの車が来ていた。
互いにじゃあな、と声を掛け合って別れる。車に乗り込み、窓を開けた時生が大声で叫んだ。

「諦めるなよ、俺も諦めないから」

恥ずかしいと思うより先に、その一言は僕の心を揺さぶった。

諦めなければ、僕の願いは叶うのだろうか。
そして、彼女の夢を叶えてあげられるのだろうか。

遠く離れてゆく黒いセダンを見送ってから、僕はバス停へと歩き出した。
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