ハロー、マイセクレタリー!

「あと、僕以上に君にぴったりな結婚相手もきっといない」

そう付け足して微笑めば、結依子は予想外だったのか目を大きく見開いた。
僕の中に確かにあるはずの有名俳優のDNAを信じて、渾身の色気を振り絞って囁く。

「だから、結依子はそろそろ僕と結婚してくれてもいいと思うよ?」

結依子の表情が驚きから、羞恥へと変わる。途端に真っ赤に頬を染めて、僕から視線を逸らした。

「……きゅ、急になに言ってるのよ!」
「何って、プロポーズだけど?僕はずっと考えてたけど」
「大体、私たち、そんな関係でもないし」
「別に、恋人にしかプロポーズしちゃいけないって決まりはないよ?」
「そりゃ、そうだけど…」
「僕のこと、嫌い?男として見れない?」

覗き込むように視線を合わせて、彼女に問い掛ける。この質問には勝算があった。
長い付き合いの中で、嫌われていることは絶対にないと確信しているし、結依子が僕のことを男として意識してくれているのを感じていた。
それは多分小学生の初恋みたいに頼りないものだけど、あの結依子にしては大した成長だ。

「わざわざ初登庁前に、こんな道ばたで言わなくても……」

僕の問い掛けに対する答えは、おそらくNOだったのだろう。
ぶつぶつと文句を言いながら、視線を宙に彷徨わせたかと思ったら、今度は眉間に皺を寄せて僕に向き直る。

咄嗟に僕の体に緊張が走った。
フラれることは想定内だが、ショックを受けないと言えば嘘になる。
しかし、彼女の口から出たのは、予想外のひと言だった。

「………配偶者は、公設秘書にはなれないのよ?」

僕は驚いて思わず目を見開いた。
結依子の中で、まさかネックになっているのがそこだとは思わなかった。

「別にいいよ、私設秘書で。君が雇ってくれれば問題ない」
「…………じゃあ、いいわよ。奏の好きにして」

僕が即座に答えれば、彼女はすでに全てを納得したかのように頷いた。
まるで、仕事の案件のようにあっさりと僕の好きにしていいと言い放つ。
珍しく狼狽えたのは僕の方だった。

「ホントに?」
「何よ、やっぱり冗談なの?」
「いやっ、違う。もちろん本気だ」
「段取りは任せるから、よろしくね。ここからは一人で行くから……じゃあね」

これ以上僕と顔を合わせ続けるのが恥ずかしいのか、頬をピンクに染めたまま、彼女は足早に歩き始めた。
茫然と立ち尽くす、僕をその場に残して。
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