ハロー、マイセクレタリー!

「朝からいいこと、聞いちゃった」

背後から声を掛けられて、慌てて振り向いた。そこには、まるで悪戯っ子のような笑顔を向ける見知った顔の人物が立っていた。

「………オハヨウゴザイマス、ハシモトセンセイ」
「いやー、橋元君で大丈夫よ?僕と奏君の仲じゃな~い」
「………いい加減、昔の非礼は水に流してください」
「ははは、別にそんな意味で言ったんじゃないよ?」

おちゃらけた言葉で馴れ馴れしく僕の肩を抱くのは、県会議員に三期連続当選している橋元先生だ。
元々高柳征太郎の地元秘書であった彼とは、子どもの頃からの知り合いだ。
政治家を目指すのに、議員秘書になるのは一番の正攻法だ。議員の仕事をすぐ近くで学べるだけでなく、人脈や後ろ盾を得やすいこともある。

「いつから聞いてたんですか?」

出来るだけ動揺を顔に出さないようにして、淡々と尋ねる。

「人聞きが悪いな。タクシーの中から君たちの姿を見つけたから、車を降りて追いかけてきたら、たまたま聞こえたのさ」
「わざわざビルの陰に隠れて、ですか?」
「だって、邪魔しちゃ悪いと思って♡」

明らかに面白がっている口調に少しだけイライラしながら、必要なことを手短に伝える。

「まだ正式には何も決まって居ませんから。内密に願います」
「分かってるよ。僕と奏君の仲じゃない。そもそも、僕には高柳家を敵に回すようなことは出来ないよ」

僕と橋元の仲はどうか分からないが、後半の理由には説得力がある。おそらく、無闇矢鱈に吹聴するような心配はないだろう。

「奏君も、政治家として見所ありそうだけどな。一生裏方でいいの?婿入りして君が跡を継ぐっていう選択肢もあると思うけど」
「僕はそういうタイプじゃないですよ。何より、あの大木透の子どもですから」

からかうように掛けられた言葉に、自信を持って答える。その一言で、橋元は納得したようだった。

「髪結いの亭主ってとこ?」
「いや、髪を結ってるのは僕の方なので、少し意味が違ってきますが」
「奏君、若いのに古い言葉知ってるね~」

ガハハと機嫌良く笑う橋元に、気付かれぬように溜息をつきながら、僕は彼女の走り去った先を見つめる。

僕はもう一度誓う。
進むべき道を、前だけを見て進もうと。

例えそれが茨の道だったとしても。
決して、彼女の手を離さないと。


【ハロー、マイセクレタリー 完】


最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
短編なのに、完結までかなり時間が掛かってしまい、猛省しています。
あとがきという名の言い訳は、ファンメールにて後日お送りしますが、取り急ぎ御礼とお詫びまで。

2016.11.12
木崎湖子

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