ハロー、マイセクレタリー!

「先生、どういたしましょう?」

再び秘書モードで問い掛けてきた奏に、ズルいと思いつつも、質問で返した。

「奏は、どう思うの?」
「僕の、個人的な意見を聞くの?……そんなの、ノーに決まってる」

その返事に、思わず心が沈む。
奏が出生の秘密を抱えていることは、結婚してからそっと打ち明けられた。
そのせいか、自分が子どもを持つということに対して、奏自身は何か考えるところがあるのだろうか。その心情を思えば、私は何と答えるべきか一層悩ましくなる。
でも、彼の発言はそういう意味ではなかったらしい。

「そりゃ、まだまだ結依子を独占し足りないからね。もっとイチャイチャして、今までの分を取り戻したい。もちろん、将来的には子どもは欲しいよ。絶対かわいいに決まってる」

笑いながら答える彼は、茶目っ気たっぷりだ。どうやら、私の反応を見るためにわざと極端なことを言ったのだろう。私生活では、彼はいつも私をからかって楽しんでいる節がある。
でも、そんな彼にはもう一つの顔がある。

「君の秘書としては、チャンスは逃さない方がいいと助言するよ。簡単に授かるとは限らないから、後々後悔しないように」

まっすぐに前を見つめると、鏡に映った奏の真剣な瞳と視線が合う。
その端正な顔に思わず見とれかけて、私は小さく溜息をついた。

いつの時も、私の隣には奏がいた。
でもそれは、単なる惰性などではなく、腐れ縁でもない。すべては、私が望んだ結果だった。

公私ともに、信頼できるパートナー。
私にとって、奏は単なる幼馴染みや秘書ではない。
彼に好意を告げられてから、一度も面と向かって口にしたことはないが、私にとって彼は随分と前から、私をドキドキさせる愛おしい唯一の存在だった。


───だから、今から口にする私の決断は、おそらく降って湧いたようなものではなく、自分の中にずっと昔から眠っていたものだ。

「チャンスは活かさなきゃ。私は今すぐにでも産みたい」

鏡の中で視線を合わせたまま、はっきりと口にした。
途端に、彼は見惚れるほどに美しい顔を思いっきりくしゃくしゃにして、笑い出した。

「……ふはっ……ははは、マズいな、笑いが止まらない」
「なによ、そんなにおかしなこと言った?」
「違うよ、やっぱり結依子は僕の想像の斜め上をいくなあと思って」
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