プロポーズはサプライズで
「それにしても、もう十二月か。早いなぁ」
「付き合ったのも今くらいだったよね。もう十年。早いね、あっという間」
マリの声にはかすかな苛立ちが含まれる。
そこから始まる会話で、また一つ、ふたりの関係性が分かる。
彼とマリは恋人で付き合い始めたのは高校生の時。一緒にいた時間で言えばもっと長い。彼らは幼いころからの幼馴染なのだ。高校で同じ美術部に入り、とある出来事をきっかけに幼馴染から脱却した。かれこれ十年も前だ。
そしてマリの方は、結婚を視野に入れていることも伝わってきた。画家は、それに関してはのらりくらりとかわしていく。
マリのところにだけスポットライトが当たり、周りは暗くなる。
そこで、マリのモノローグが入る。
「彼はやっぱり私との未来なんて考えてないのかもしれない。お見合いの話、どうしよう。両親は未来のない男との付き合いなんてやめて結婚しろというけれど、私は……」
今度は舞台の背景部分に映像が映し出される。
先ほどの過去の影映像が早回しで流され、映像も小さくなっていき、最後には点になった。まるで、それらの年月がとぐろを巻いて黒い塊になったみたいに。
見とれているうちにシャカシャカと音がした。
いつの間にか画家がキャンパスにむかって手を小刻みに動かしていた。
まるで空気を操っているかのように、彼の周りだけせわしなく空気が動き、そして画家が動きを止めると、空気もゆっくり動きを止め、周りに溶け込んでいく。
「よし、できた。なあ、これ、持っててくれないか?」
「なにこれ」
先ほどまで対面していた画板を、画家はこちらに向けた。
マリは目を見張って驚く。見せられた絵が、一面真っ黒だったからだ。
「何も描いてないじゃないの」
「大事なことが描いてるんだよ。それより、これから僕は旅に出る。僕が帰ってくるまで、それを持っていて」
「旅って? どういうこと?」
彼女が絵を見つめたまま疑問を口にしたとき、すでに彼の姿はなかった。
「……どこに行ったの?」
残されたのはブラックボード。
何も書かれていない、ただの真っ黒の板。
彼女は途方に暮れたように、その板を見つめ続けた。