世界はまだ君を知らない



「……ありがとう、ございます」



いつもなら、『大丈夫です』と多少無理をして断ってしまうかもしれない。

甘えてはいけないと、その親切心から逃げてしまうだろう。



だけど今は、自然と甘えるようにうなずける。



それほどまでに怖かったから。加えて彼の声には、そう甘えさせる力があるように感じられたから。

ペットボトルからじんわりと伝うあたたかさは、無愛想な彼の心のあたたかさを表すかのようにも思えた。



……優しい、人。

心から、そう思える。





それから、メガネの彼は本当に私が落ち着くまでそばにいてくれた。



駅のホームのベンチに座る、私の隣に座って、暇そうにスマートフォンをいじるわけでもなく、眠たそうにあくびをするわけでもなく。

ただ隣に座って、『今日も寒いですね』とか、ぽつりぽつりと私が振った話題にひと言ふた言答えてくれた。



ようやく落ち着いて、『あの、お礼を』と切り出した私にも、彼はいたって冷静なまま。



『いや、いい。気をつけて帰るように』



それだけを言って、改札の方へと向かって行ってしまった。



……名前ひとつ、知ることもできなかった。



次、いつまた会えるのかはわからない。

そもそも会えるのか、それすらもわからないし、その時には彼は私のことなんて忘れてしまっているかもしれない。



だけど、ううん、だからこそ。

また会えたら、運命だと思ったんだ。







< 14 / 209 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop