腹黒エリートが甘くてズルいんです
「キスするに、決まって……ム」


近づいてきた酒井君の顔、というか唇を反射的に手で遮る。


掌にしっとりと柔らかくて温かい感触。確認しなくても分かる、酒井君のくちびる。


「……バカにしないで、これ以上」


それだけ言うのがやっと。とにかくそれだけ言って、酒井君を睨み付け、転がるように車を飛び出した。


泣きそうなのをぐっと堪えて、言い返せただけでも良しとしよう。


これ以上、というかどこまであたしをバカにすれば気がすむのだろう。


既婚者だと嘘をついて、結婚したがる旧友の姿を心の中で笑っていました、その上更に全てを告白した上でもう一度からかってキスでもして、おたおたする反応を楽しもうとしました、ってこと?


もうやだ、泣きそう。


最後に見た酒井君の顔が、悲しそうに見えて、あたしはとうとう目もおかしくなったのか、と思った。悲しい顔なんてするわけがない。

逃げ出したあたしを見て、心の中で笑っているくせに。

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