腹黒エリートが甘くてズルいんです
その酒井くんの後ろを、菅生さんを乗せたタクシーがゆっくり発車していくのが見えた。


あ、さっきの指示でちゃんと動き出してくれるんだ……とぼんやり思っていると、ぎゅっと鼻を温かい何かに強くつままれる。


「いっ、いひゃい! ひゃにお!!」


それは酒井くんの指で。
目の前には、相当怒っているらしき、酒井くんの顔。

その顔を見て、こんな状況なのに『そうそう、これだ、この人だ』と思ってしまう、とことん駄目なあたし。


「だ、か、ら、い、っ、た、だ、ろ?」


一言ずつの音に合わせて、あたしの鼻から離した手でべしべしべし、と頭を叩く。


「……ちょ、いた、マジで痛いんだけど」


道路にぺたりと座り込んだあたしの前でしゃがみこみ、その頭を叩く人。

深夜の酔っ払いと介護人みたい。


「痛いのは俺のハートだ、馬鹿者め」


なんだその台詞、と、つい吹き出した……はずなのに。
酒井くんに指で頬を拭われ、泣いている自分に気づく。
< 191 / 227 >

この作品をシェア

pagetop