大人にはなれない

「あら美樹くんじゃない」

斗和がひとり素早く奥の居住スペースに突っ込むと、その場に残された俺を見ておばさんが声をかけてきた。

「………お仕事中すみません、おじゃまします」

俺がその場で頭を下げると、客の黒田さんが「斗和ちゃんのおともだち?中学生にしちゃ随分しっかりした子だねぇ」などと感心したような声で言ってくる。

「そうなんですよ、うちのバカ息子とは大違いで。今度爪の垢かき集めといてもらう予定なんですよ、ねえ美樹くん?」

俺が答えかねているうちに、おばさんが客と喋りだす。もう一度軽く頭を下げてからお店を出ようとすると、すぐにおばさんにとめられた。

「美樹くん、いいからいいから。裏回らなくていいからこのままこっちからあがっちゃって。今日はまたうちのバカ息子の勉強見にきてくれたの?いつもごめんねぇ」

俺が答えられずにいると、やりとりを聞いていたらしい斗和が店の奥から顔を出して、にやにやしながら声を張り上げた。

「ちげーし!ミキ、今日初カノだった中村紗綾にフラれたんだよ!!花崎中学はじまって以来の美少女って言われてた紗綾ちゃんにさッ!そんですんげぇしょんぼりしてっから、これからこのやさしい南斗和様があわれなミキちゃんを慰めてさしあげんだよ!」

おばさんは一瞬絶句した後。鬼みたいな形相になる。

「斗和ァっ、あんたって子はっ。なんてこと言うんだい、このデリカシーのない大馬鹿がッ!!人前で言っていいことと悪いことの区別もつかない単細胞なのか、おまえは!!」

おばさんは「馬鹿」だ「無神経」だと繰り返し、ひとしきり斗和に怒鳴り散らすと、急に俺に向き直った。

「……気にするんじゃないよ!若いうちからバンバン振られて、今のうちから女を見る目を養いなさいな。そうすれば将来いちばん上等な女と結婚出来るんだからね!美樹くんみたいないい子を振るなんて、どうせろくな女の子じゃないよ!いいかい、まだまだはじまったばかりの人生なんだから、一度や二度、女の子にフラれたことくらいでくじけるな!あんたハンサムなんだし、あともう何年もしたら女の子たちが放っておいたりしないさ。いいかい、ほんと自棄になったりしちゃダメだよ?おばさんの言うこと分かった?」

まさに立て板に水、の勢い。

おばさんが精一杯俺を励ますように俺の肩をばんばん叩きまくると、お客の黒田のおっさんだかが笑いを堪えるかのように肩を震わせた。


さすが斗和の家族だ。この家じゃ、負の出来事も喜劇に作り変えられる。

俺はなんとも答えかねて「はい」とも「いいえ」ともつかない返事をすると、階段を上って斗和が待つ部屋へと向かっていった。




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