大人にはなれない
「ッんだよ、いきなり大声あげて。驚かすんじゃねぇーよ」
「な、ミキ。あそこにいるの、おばさんとひまりちゃんじゃね?」
言われた方向を見ると。団地の入り口であるコンクリの階段に、上ったり降りたりを繰り返しているちいさな子供の姿が見えた。その傍には腰掛けている大人の姿もある。
「………母さん、ひまり」
俺が呟くと、まるでそれが聞こえたかのようにふたりが少し離れたところに止る自転車を見上げた。
「あっ、みっくんっ!!」
ひまりがちいさな足でトコトコと駆け寄ってくる。自転車を降りると、飛びついてくるひまりを受け止めた。ひまりは俺の脚にぎゅうっとしがみついた後、頬をぷうっとふくらませて由愛みたいな口調で言ってきた。
「もうみっくん、おそくまでどこいってたの?ずっとさがしてたんだよっ。どこへいったのか、ひまりしんぱいしてたんだからね!!みっくんわかってるの?ごめんなさいは?」
生意気に言うひまりの姿に、斗和がぷっと吹き出した。
「ごめんごめん、ひまりちゃん。ちょっと俺、『みっくん』と遊んでもらってたの」
「わあっ、とわくんっ!!とわくんだあっ!!」
ひまりは薄情なくらいあっさり俺から離れると、大好きな『とわくん』に飛びついた。斗和はそのままひまりを抱き上げると、一緒に母さんのいるところまで歩いてくれた。
かあさんは俺を見て顔を強張らす。けど何も言わず、ただほっとしたように表情を緩めた。
「………斗和ん家、行ってた」
なんだか決まりが悪くなって視線を外しながら言うと、母さんがちいさく笑う気配がした。
「よかった。何かあったんじゃないかって思ってたから………」
きっとすごく心配してたはずだ。
いてもたってもいられなくなって、それでいつ帰ってくるのかもあてがない俺を、ずっとこの場で待ち続けていたのだろう。
何か言わなきゃいけないと思うのに、言葉は何も出てきてくれない。
ばつが悪くて俯く俺を、母さんは責めたりせずに、ゆっくりと座っていた階段から立ち上がる。……ちいさな体だ。もともと痩せているけど、ここ1、2年でますます線が細くなったように見える。
普通だったらもうゆうゆうと隠居生活を楽しんでいるはずの歳なのに、未成年の子供を三人も抱えて育てているのだから、それも無理のないことなのかもしれない。
母さんのちいささが、目に痛い。