大人にはなれない

「ダメだよっミキちゃんっ、息吹の絵が尋常じゃないくらい壊滅的にド下手って言ったら!!現実受け止められるようになるまでは息吹の絵がチンパンジーの落書き以下だって、指摘しないであげようって約束したじゃんか!!」
「おい、さすがに俺はそこまで言ってねぇよ」


貶され放題だと言うのに、息吹は実に爽やかな笑顔で宣言なさる。


「まあ漫画家で食べていくなんて日本最高峰の東大理3をパスするより難関だって言うし、俺も本気で頑張るよ」
「いや、そこ頑張らなくていいから。息吹王子は将来家業を継いで社長になるか、官僚とか大臣とかになって国のために働いてくださいー、息吹のザユウのメイは今日から『テキザイテキショ』でよろしく!」


斗和の話に乗っかってくだらないことを言い合っているうちに、気まずくなりかけていた空気がいつの間にか元に戻っていた。

予鈴が鳴ったので教室に戻ろうと歩き出すと「美樹」と呼び止められる。


「何?」


振り返ると、息吹の目が視界に入る。不安定に揺れているように見えるその黒目に、いったい今何が見えているのか。呼び止めたのは息吹のくせに、息吹は何かを言うことを躊躇って押し黙ってしまう。


「何だよ。就職のことならもう口出すなよ、決めたことなんだし」
「………違う。そのことじゃなくて……」


いつになく歯切れが悪い。しばらく待って、それでも何も言わないから、焦れた俺が歩き出そうとすると。


「今日うちに来ないか」


息吹は唐突にそんなことを言い出す。


「は?水曜日はおまえいつも塾だろ。それに俺も部活に顔出した後、ひまり迎えに行かないといけねぇし………」


息吹はまた目頭を押さえだす。力の対価にまた頭痛でも引き起こしているんだろう、煩わしそうに顔を顰める。今度は何を見られて何を言われるんだと身構えていると、息吹はただ同じ言葉を繰り返す。


「美樹。俺今日、夜はずっと家にいるから」
「ああ?」
「-------いるからな」


まるで子供を落ち着かせる暗示のように繰り返してから、息吹は教室に入っていった。




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