大人にはなれない

「ゆあちゃんおかえりなさいっ。みて、ひまりのみるきーももちゃん。かわいいでしょっ」


リードの代わりに女児用の子猫のポシェットを首に巻き付けられた俺を見て、由愛は遠慮なく吹き出した。


「み、美樹くんっ、何やってるの?!」
「………見りゃわかんだろ、ひまりと遊んでやってるんだよ」
「みっくん、ダメぇ!!『わん』でしょ!!」

よく躾けられた犬みたいに、俺が諦め交じりに「わん」と言うと、由愛は転げそうな勢いで大笑いする。


「わー、こんな笑うの久し振りだよっ」

笑うな、労え。

「実はさ、美樹くんて意外と保父さんとか向いてるんじゃない?……面白すぎるよ……っ!!」

ひまりだけで手一杯だっての。

仮に月給100万貰えんだとしても、ひまりみたいなのをあともう10人近く相手にしなきゃならない保父なんて絶対無理。たぶんマグロ漁船にでもブチ込まれた方がまだマシだ。……素直に森先生だとか、世の母親ってすげーと思う。


「そういえば美樹くん、今日出掛けるんでしょ?時間大丈夫?」
「あ、そうだった。悪ぃ、そろそろ仕度して行くわ」


俺が立ち上がろうとすると、ひまりが手に持っていたポシェットの紐を引っ張るから、あやうく一瞬窒息しそうになった。ちいさい子供って加減を知らないから、意外と一緒に遊んでやることに危険が伴うのだ。


「………っ…………こらっひまり!!あぶねぇだろっ苦しいっつの!」
「だってみるきーももちゃん、いぬなのににんげんみたいにたつんだもん!!」
「あのね、ひまりちゃん。美樹くんこれからご用事あるから、お姉ちゃんとあそぼ。お姉ちゃんバイトは昼からだからさ」
「やだ!!ひまりはみっくんとあそぶのっ!!いっちゃダメだもんっ」


ひまりがぐずりだすから、由愛が抱き上げて俺に目配せする。今のうちに行けということらしい。


「やだやだやだ、いっちゃだめっ、みっくんだめぇぇっ!!ひまりとあそぶのぉ!!やあぁっ!!ゆあちゃんはなして、やなのぉ!!」


号泣するひまりの泣き声に、ちょっとの申し訳なさと煩わしさを感じながら、急いで着替えた俺は家を飛び出した。約束の10時まではあと20分だ。




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