大人にはなれない

「ああ、違う違う。誤解だよ。紗綾ちゃんは君のことは名前以外何も言わなかったよ。ただ今日同級生を一人連れてくるって言っただけだ。
 だから君の家の事情は僕も長澤所長も誰も知らない。だいたいあの子は人の家庭事情をベラベラ吹聴するような子じゃないよ。でも君が何かを抱えていることは薄々察しているんだと思う。
 だから今日はたぶん、敷島くんの勉強を見てほしいっていうよりも、君に同じような境遇にいるであろう人間を引きあわせたかっただけなんじゃないのかな。たとえば僕とかね」

「………飛田さんは生活保護っていつから受けていたんですか」
「僕が小学生の頃から。うちは母子家庭で三人兄弟で、朝ごはんは食パン一枚を三人分に切り分けて、夜はだいたいおにぎり一個とかだった。もちろん海苔は高級品だからつかないよ。すごい貧乏。いつも兄弟揃ってお腹の虫が大合唱だった」


痛々しい自虐なんかじゃなかった。笑い話にしてしまえる強さが、穏やかだけど揺らがないその笑みの中にある気がした。


「それでも高校、行けたんですか。それに大学も……たしか理系の学部って文系の倍くらい学費かかるんですよね」
「よく知ってるね」

飛田さんの穏やかな目。本当は俺は高校だけじゃなくてその先にも進学したいことを見透かすようだ。


「よし、それじゃお昼休憩にしよ。それでゆっくり話でもしよう。僕以外にもいろいろ仲間はいるから、誰かしらの体験談は、もしかしたら君の役にたつかもしれないよ。
 ……ごめんね、ここは贔屓とか、ごはんを食べさせることが目的にならないように、原則講師が子供たちにファミレスとかでごちそうしたりするのは禁止なんだ。だから僕の作って来たおにぎりしかないけど」


そういって飛田さんは、アルミホイルに包まれたちょっといびつなおにぎりを俺に差し出してくる。

3回くらい遠慮して、それでも最後は「いいから食べなさい」と温厚な飛田さんに怒られてまでもらったおにぎりは、控えめに昆布の佃煮の入った、すごくおいしいおにぎりだった。




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