大人にはなれない
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運賃が惜しくて帰りは電車に乗らずに歩きにしたら、家に着くのが思ったより遅くなった。頭も体もほどよく疲れていて、ささやかな夕飯を食った後すぐに眠たくなった。
「なーに、美樹くん。いいことでもあったの?」
バイトから帰るなり、由愛は俺の顔を見てそんなこと言う。
「べつに」
「えー。でも美樹くんニヤニヤするなんて珍しいもん。今日もしかしてデートだった?」
「ちげぇし」
「女の子と遊びに行ってたんじゃないのー?」
確かに中村と一緒に出掛けたけど……中村とは『みらい塾』に着くなり別行動だったし、帰りもあいつは電車で帰って行ったから今日はたいして会話していない。
でも駅まで見送ったその別れ際、『美樹くん、来週も来る?』って聞かれた。俺の返事を待たずに『参加するならまた一緒に行こうね!』って言って中村は白いスカート揺らしながら階段を駆け上がっていった。
行くんだとしても来週は行きも歩きか自転車にする予定だって、伝え損ねてしまった。それってつまり電車賃をケチつくらいの貧乏だって自分から告白するようなもんだけど、付き合っていた頃よりも抵抗なくそう中村に伝えられる気がした。
中村にはもうウチがすげえ貧乏だって知られてるんだろうし、それを恥ずかしいって気持ちはあるけれど、中村は今日俺に何も聞かなかったし、塾でも俺と距離をおいたままでいた。
決まりが悪くてお礼なんて言えなかったけど、ただの上から目線の同情だったにしろ、純粋な心配だったにしろ、中村はむやみに俺の家の事情に立ち入ろうとはしなかった。
………息吹とか斗和見て思うことがあったけど、俺が思うよりも俺の周りにいる15歳って大人なのかもしれない。
「あー。やっぱ今日デートだったんでしょ」
「由愛しつこい」
からかってくる由愛を意識からシャットアウトして、とっとと敷いた布団に入る。でも目をつぶっても眠いはずなのに睡魔はすぐにやってこなくて、頭の中は今日飛田さんから聞いた話を繰り返していた。
『敷島くん、奨学金にはこういう種類もあるんだよ』
そういって飛田さんは事務所に置いてあった冊子を俺に見せてくれた。……俺は高校に行きたいだなんて望んでいいのかな。そんなことを考えているうちに瞼は重くなっていった。