潮風の香りに、君を思い出せ。
また乗るときに腰に捕まったら「しっかりつかまって、今度下りだよ」と、右手をベルトを締めるみたいに引っ張って、大地さんに抱きつくようにさせられた。

登った分全部、いやそれ以上かも、緩いけど長い坂を一気に下ってく。

気持ちいいのは最初だけで、段々加速して行って怖い。

きゃーともひゃーともわからない声を上げて、両手で身体ごと大地さんの背中にしがみついた。



「怖かった?」

降り切ってから信号で止まって、やっと身体を離した私を振り返りながら面白そうに聞いてくる。

「結構怖かったです。速いし」

「2人で乗ってるとなあ、やっぱりスピード出るな」

「ブレーキしてなかったですよね」

ちょっと恨みがましく言う。怖いのわかっててわざとやられたような気がしてきた。その証拠に大地さんはやけに嬉しそう。

「途中までね。さすがに吹っ飛ぶわけにいかないし、ちゃんとコントロールしてるよ。もう少し加減しようかなぁと思ったんだけど、びびってるみたいだからねぇ、せっかくだからお返ししないと」

「なんのお返しですか」

「さっき散々笑われたし?」

ああ、あれ。根に持ってるんだ。


ダメだ、思い出したらまた笑えた。あの砂まみれのワイシャツ姿のまま自転車に乗ってたら、とか想像しちゃって。

「笑うなよ」

大地さんが肩越しに大きく振り向いて、見上げたら目が合って、おでこをこつんと叩かれた。




どくん、と心臓が跳ねた。

ダメだ、と思った。

この人を好きになったらダメなのに。





信号が青に変わって、平らな道を自転車がまた走り出す。

「もうすぐだよ、また海近くて潮の匂いがしてきたでしょ」

と大地さんが普通に言う。

適当に相槌を打ちながら、速くなった鼓動が絶対伝わらないように、しがみついていた身体を頑張って離した。

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