潮風の香りに、君を思い出せ。
アサミさんは、きっとまた低い声が出ちゃうだろう。『七海ちゃんも大変なんだからわかってやれよなぁ』なんて、私からいろいろ聞いた大地さんにのんびり言われたりしたら。

「また笑ってる」

「笑ってないです」

「さっきは怒ったり泣いたりしてたのに、忙しいよなぁ」

なんでそこでぼやくように言うんだろう。やっぱり、笑っちゃった。



「七海ちゃんはそうやって笑ってるのが一番いいけど、でも泣いたり怒ったりもしたほうがいいよ。俺でよければ、相手になるよ」

どこまでも親切な大地さんが言ってくれる。

「大変ですよ。かわいげないし、怖いし」

さっきのは我ながら怖い声だった。あんな低い声とか出ちゃうとは、自分の知らなかった一面だ。彼とケンカしてた時だってあんな風じゃなかったと思う。アサミさんも相当むかついてたんだろうね、あの時のあの声。

「怖くないよ。うちの妹なんかマジで怖いよ」

「怖いんだ。何才ですか?」

「大学二年。七海ちゃんのひとつ下か。九州の大学行ってるんだ。最近全然会ってないなぁ、帰ってきてても俺も実家にいないし」



ああ、そうか。今地味に傷ついちゃった。

私ってきっと妹さんみたいな感じなんだろう。ほっとけないって、そういうこと。

大地さんは大人なんだなと、改めて遠くに感じる。そんなの最初から知ってたのに、今日は一緒に遊んでくれてたから忘れちゃってた。



大人を好きになって相手にされないって、こういうことか。

好きになったなんて伝えたら、きっと困った顔で笑うだろう。『気持ちは嬉しいけど、そういうつもりじゃなかったんだ』とか言って。

彼女とか婚約者とか以前の問題なのかも。

好きだと気づいた瞬間に、失恋。最短記録更新だなぁ。

でもまだ大丈夫。期待してないし、たった一日一緒に過ごしただけだし、今ならまだ傷にもならないはずだと自分に言い聞かせるように考えた。


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