潮風の香りに、君を思い出せ。

コンクリートの岸辺からちょっと降りて、狭い砂浜を歩いてみる。海に向かって左手からこちらへ向かって、犬の散歩をしている人が見えた。

犬だ。黒っぽくて、大きい犬。私あの犬を知ってる?



大地さんが近づいて来た犬に屈んで話しかけると、食べられそうな勢いで飛びつかれた。なめられて困ったように笑いながら、散歩中のおばさんと話し始めている。

でも、私が固まってるのにすぐ気づいてくれる。

「どうかした?七海ちゃん、犬苦手?」


思い出した。

「犬を連れたおばあさんがいたんです。子供を探しているって言ってて、友達と手伝ってて、でも夕方だし台風来そうだし帰らなくちゃいけなくて」

思い出したことを早口で全部口にする。

「思い出したの?」

「犬を連れたおばあさん? 渡辺のおばあちゃんのこと? あなたたちこの辺の人なの?」

犬の飼い主のおばさんが、のんびりと聞いてきた。

「いえ、家はもっと駅のほうなんですけど、昔ここらへんにいたことがあって」

思い出した衝撃で対応できない私の代わりに、大地さんが話を合わせる。住んでいたのは彼ではないけど、話をまとめるのが上手。

「渡辺のおばあちゃん、いつもこの辺りをクロを連れて歩き回ってたのよね」

「今はどうされてますか?」

その人なんだろうか。大地さんが聞くけれど、私はきっと会ってもわからないだろう。

「迷子になっちゃってね、亡くなったのよね」

おばさんの言葉にびくっとした。迷子になって?

大地さんが気づいて、落ち着かせるように強く手を握ってくれる。
< 62 / 155 >

この作品をシェア

pagetop