潮風の香りに、君を思い出せ。
コンクリートの岸辺からちょっと降りて、狭い砂浜を歩いてみる。海に向かって左手からこちらへ向かって、犬の散歩をしている人が見えた。
犬だ。黒っぽくて、大きい犬。私あの犬を知ってる?
大地さんが近づいて来た犬に屈んで話しかけると、食べられそうな勢いで飛びつかれた。なめられて困ったように笑いながら、散歩中のおばさんと話し始めている。
でも、私が固まってるのにすぐ気づいてくれる。
「どうかした?七海ちゃん、犬苦手?」
思い出した。
「犬を連れたおばあさんがいたんです。子供を探しているって言ってて、友達と手伝ってて、でも夕方だし台風来そうだし帰らなくちゃいけなくて」
思い出したことを早口で全部口にする。
「思い出したの?」
「犬を連れたおばあさん? 渡辺のおばあちゃんのこと? あなたたちこの辺の人なの?」
犬の飼い主のおばさんが、のんびりと聞いてきた。
「いえ、家はもっと駅のほうなんですけど、昔ここらへんにいたことがあって」
思い出した衝撃で対応できない私の代わりに、大地さんが話を合わせる。住んでいたのは彼ではないけど、話をまとめるのが上手。
「渡辺のおばあちゃん、いつもこの辺りをクロを連れて歩き回ってたのよね」
「今はどうされてますか?」
その人なんだろうか。大地さんが聞くけれど、私はきっと会ってもわからないだろう。
「迷子になっちゃってね、亡くなったのよね」
おばさんの言葉にびくっとした。迷子になって?
大地さんが気づいて、落ち着かせるように強く手を握ってくれる。